なぜ補助金では、企業は動かなくなったのか

2025年に入ってから、設備投資・DX・GXなどを対象とする各種補助金について、 「応募が伸びない」「予算を消化しきれない」という声が政策側から聞こえるようになりました。
これに対して一部では、

  • 企業が慎重になりすぎている
  • 経営者が将来を悲観している
  • 日本企業は意思決定が遅い

といった説明がなされることがあります。しかし、この見方は必ずしも正確ではありません。
本稿の立場は明確です。 補助金で企業が動かなくなったのは、異常ではなく、きわめて正常な経営判断の結果である、 ということです。

1. 補助金が「効いていた」時代の前提

まず、補助金が有効に機能していた時代の前提を振り返ります。補助金が投資判断を後押ししていたのは、

  • 事業環境の不確実性が比較的低く
  • エネルギーやインフラが安定しており
  • 中長期の見通しが立てやすかった

という条件がそろっていたからです。この環境下では、

  • 初期投資の一部を補助金で軽減する
  • 回収期間を短縮する
  • 競合より一歩早く設備更新・拠点整備に踏み出す

といった合理的な使い方が成立していました。
言い換えれば、補助金は 「すでに成立している前提条件を、少し後押しするための道具」 でした。前提条件=インフラ・制度・エネルギー供給・地政学などの安定性は、ほぼ「与件」として扱えたのです。

2. いま企業が直面しているリスクは、補助金の射程外にある

ところが現在、企業が直面しているリスクの性質は大きく変わっています。多くの経営者が本当に懸念しているのは、

  • 10年後・20年後の事業継続性
  • エネルギー供給の不確実性
  • 地政学リスクの常態化
  • 為替・インフレの構造的変動
  • 人材確保の長期的難易度

といった時間軸の長いリスクです。
これらは、たとえ補助金を受け取ったとしても、

  • 根本的には解消されず
  • むしろ「条件付きで固定化」され
  • 将来の自由度を下げる可能性がある

ものでもあります。企業が補助金に慎重になるのは、「もらえないから」ではありません。 もらっても、最も大きなリスクは残ると、冷静に理解しているからです。

3. 補助金は「短期」、企業経営は「長期」

多くの補助金制度には、次のような共通点があります。

  • 単年度、または数年単位の制度設計
  • 目的・用途が厳密に定められている
  • 事後報告や各種制約が多い

一方で、企業の設備投資や拠点戦略は、 10年・15年・20年といった時間軸で考えざるを得ません。
この時間軸のズレこそが、補助金を「使いにくいもの」にしている本質です。

特にエネルギー・インフラ・レジリエンスに関わる投資では、 初期費用よりも 運用リスク・停止リスク・制御可能性 の方がはるかに重要です。補助金は初期費用を軽くしてくれますが、 「止められない」「再開できない」リスクを減らしてはくれません。
経営者が見ているのは、まさにこの差分です。

4. 「補助金が悪い」のではない

ここで強調しておきたいのは、 補助金そのものが悪いわけではないという点です。補助金は、

  • 政策として合理的な手段であり
  • 国家が取り得る数少ない直接的なインセンティブであり
  • これまでも一定の役割を果たしてきた

ものです。問題は、補助金が想定している前提条件と、 企業が直面している現実との間に大きな乖離が生まれていることです。

経産省自身も、2024・2025年のレポートのなかで、 「すべてを守り切れる前提」はすでに置けないこと、 そしてリスクが常態化していることを繰り返し示しています。 国がそう認識している状況で、企業が補助金に慎重になるのは、むしろ合理的だと言えます。

5. 「笛吹けど踊らず」は、健全な反応である

政策の立場から見れば、

  • 予算を用意した
  • 制度も整えた
  • それでも企業が動かない

という状況は歯がゆく映るかもしれません。
しかし企業側から見れば、 自社の制御下にないリスクを抱えたまま、大規模投資を決断することはできない、 というごく当たり前の判断です。

これは悲観でも停滞でもなく、 リスク評価の精度が上がった結果です。
「笛吹けど踊らず」という現象は、むしろ企業の側で、 ・インフラ
・制度変更
・エネルギー供給
・地政学リスク
といった、自社では制御できない要素を丁寧に切り分ける習慣が根付きつつある証拠とも言えます。

6. それでも補助金が「前提条件」として残る理由

とはいえ、企業が補助金をまったく無視しているわけではありません。実務的には、 「補助金が出るなら検討する」「補助金がなければ見送り」という議論も現場で繰り返されています。

ここでのポイントは、補助金が「意思決定のトリガー」ではなく、 「前提条件のひとつ」になっている、という変化です。 すなわち、

  • 前提条件がそろっている投資案件については、補助金があれば加速する
  • 前提条件がそろっていない案件については、補助金があっても動かない

という線引きが、暗黙のうちに行われています。企業が見ているのは、 「補助金の金額」よりも、「この投資を10年後も自社の制御下に置けるかどうか」です。

7. 経営者が見るべきは、「補助金の外側」である

ここまで見てきたように、補助金行政の限界は「予算が足りない」「制度設計が粗い」といった技術的な問題ではありません。 最大の問題は、補助金の射程と、企業が直面するリスクの射程がずれていることです。

したがって、経営者が本当に見るべきなのは、補助金メニューの一覧表ではなく、 「補助金の外側」にある長期リスクと、自社の制御可能性です。
その意味で、「笛吹けど踊らず」という現象は、日本企業がようやく 「補助金を前提にしない投資判断」を行い始めたサインとも解釈できます。

次回(第3回)は、同じ経産省レポートを手がかりに、 こうした不確実性の高い環境のなかで、企業がどのように「距離を取る」ことで生き残ろうとしているのかを整理します。 そのうえで、 生産性シリーズ や、 オフグリッドシリーズ で扱ってきた「一次データ」と「自律分散」の議論へと接続していきます。