モバイルバッテリー/ポータブル電源・法務・財務リスク(後編)
法務・財務リスクの臨界点
――PL法・3C認証・廃棄規制がポータブル電源市場の「終わり方」を決める
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ポータブル電源市場は、かつて「防災」「アウトドア」「レジャー」といったキーワードで、 典型的な成長市場として語られてきました。コンサル各社のレポートには、 CAGR 10%超/2030年には市場規模が2倍といった楽観的な数字が並んでいます。
しかし、前編で扱った 「126280セル」を軸にした中国モバイルバッテリー大規模リコール と、中編で整理した 深圳ODMモデルの構造崩壊とセルのAIデータセンター向けシフト を踏まえると、この市場はもはや単純な成長曲線では語れない段階に入っています。
後編となる本稿では、その「後始末」の部分―― PL法(製造物責任法)/中国3C強制認証制度/2026年4月から始まる日本の廃棄・リサイクル義務/在庫評価損とリコール引当金 といった法務・財務のレイヤーで、市場がどのように「終わり方」を強制されていくかを整理します。
結論から言えば、ポータブル電源は 「売れば売るほどリスクが増える商品」 になってしまった、ということです。その構造を、経営目線で見直します。
1. PL法が決めているのは「誰が最後に責任をかぶるか」という構造
日本側の法制度の出発点は、 PL法(製造物責任法) です。モバイルバッテリーやポータブル電源の事故が発生したとき、 「誰が法的に責任を負うのか」を決めるルールと言えます。
「製造業者等」=メーカーだけを意味しない
PL法第2条3項は、「製造業者等」の範囲を次のように定義しています(要旨)。
- 当該製造物を業として製造・加工または輸入した者
- 自ら製造業者として氏名・商号・商標等を表示した者
- 実質的な製造業者と認められる表示をした者
ここで重要なのは、 「輸入した者」も製造業者等に含まれる という点です(第2条3項1号)。中国の ODM 工場がどこにあろうと、 日本国内でポータブル電源を輸入・販売する商社や販売会社は、 法的には「メーカー」と同じ立場 に立たされます。
無過失責任という“重さ”
PL法第3条は、製造業者等が「欠陥」によって生じた損害について、 過失がなくても賠償責任を負う(無過失責任) と定めています。
- 過失(落ち度)が立証されるから責任を負うのではなく、
- 欠陥と損害と因果関係が立証されれば責任を負う
という構造です。ODM がどこの誰であれ、 日本の輸入者(商社・販売会社)が最前面で責任を問われる。 これが、日本市場における「出口側」の構図を決定づけています。
2. 深圳ODMモデルとPL法の“最悪の組み合わせ”
中編で整理したように、深圳 ODM モデルは
- セル → パック → ODM → ブランド → 流通 という多層構造
- ブランドと輸入者が「表」に立ち、ODM は「影」に隠れる
- ロット追跡・設計責任の所在が極めて不透明
という特徴を持ちます。
この構造と、PL法の 「輸入者=製造業者等」 というルールが組み合わさると、次のような状況が生まれます。
- 設計と製造の実権は深圳 ODM 側が握っている
- 日本市場での責任は、輸入者(商社・販売会社)が全てかぶる
- ODM側には実質的な賠償圧力が働きにくい
つまり一言で言えば、 「設計・製造はコントロールできないのに、責任だけは100%自社が負う」 という、ビジネスとしては最悪の構図が出来上がってしまったのです。
いわゆる大手商社が、
- 新規受注の停止
- 現在庫の販売に限定
- 在庫処理後の事業撤退
という方針を公式に打ち出したのは、この構図を正面から見た結果にほかなりません。 「中国 モバイルバッテリー リコール」問題は、単なる品質問題ではなく、 出口側の責任構造の問題でもあるのです。
3. 中国3C制度:仕入側にとっての「もう一つの法的ハードル」
次に、中国側の法制度である 3C(China Compulsory Certification)制度 を見ていきます。これは中国国内での製造・販売・輸入を縛るルールです。
強制性製品認証管理規定(3C基本令)の枠組み
3C制度の基本法は「強制性产品认证管理规定」(強制性製品認証管理規定)です。 第2条では、強制認証の目的について、 国家の安全・消費者の生命・健康・環境保護 のため、一定の製品は認証を受けてからでなければ出荷・販売・輸入等ができない、と定めています。
第4条では、 対象製品は統一された製品カタログ・技術規範・認証マーク に従うことが規定されており、 「カタログに入った製品は CCC マークなしでは中国国内で流通させてはならない」 という枠組みになっています。
リチウム電池とパワーバンクの3C対象化
2023年、中国国家市場監督管理総局(SAMR)は第10号公告を公布し、
- リチウム電池・電池セル
- パワーバンク(18kg以下)
- 通信端末向け充電器
を 3C 対象品目に追加しました。
- 2023年8月1日:認証受付開始
- 2024年8月1日以降:CCC未取得品の出荷・販売・輸入・事業使用が禁止
また、携帯電子機器用リチウム電池規格 GB 31241-2022 が技術基準として適用され、 2025年にはモバイル電源向けの新しい実施規則 CNCA-C09-02:2025 が導入される予定といった報道も出ています。
3CとPL法が交差すると何が起きるか
重要なのは、3C制度が 中国国内での出荷・販売・輸入を禁じる規制 である一方、PL法は 日本国内での損害賠償責任 を規定する法律だという点です。
- 中国側:CCC無しでは「そもそも合法的に作れない/出荷できない」
- 日本側:輸入して販売した以上、「輸入者が製造業者として無過失責任を負う」
ここに深圳 ODM の現実が加わると、次のような歪みが生まれます。
- ODMが 3C に対応できず、非認証ロットが滞留する
- それが越境ECやグレーなルートで海外へ流出する
- 日本の事業者が「知らずに」仕入れた場合でも、PL法上の責任は免れない
- 3C の有無と、PL責任の有無は、法制度としては別々の論点として扱われる
つまり、 「3Cを取っていないから中国では違法」かつ「輸入して売ってしまった以上、日本では輸入者が完全責任」 という、仕入側にとって極めて厳しい状況が生じるのです。
4. 2026年4月:廃棄・リサイクル義務化が「出口のコスト」を一変させる
さらに、日本国内では廃棄・リサイクル側のルールも大きく変わろうとしています。
モバイルバッテリー等が「指定再資源化製品」に
政府は 2026年4月から、
- モバイルバッテリー
- スマートフォン
- 加熱式たばこ機器
などを新たに「指定再資源化製品」に追加し、 メーカー・輸入販売事業者に回収とリサイクルを義務付ける制度を導入する方針を示しています。
リチウムイオン電池を含む小型二次電池自体は、すでに資源有効利用促進法により 自主回収と再資源化が義務付けられていますが、 2026年4月以降は 「電池を内蔵した製品レベル」での回収義務 がより明確になります。
ここで問題になるのは、次のような「事後処理コスト」です。
- これまで売ったポータブル電源は、どこに残っているのか
- 誰が回収窓口になるのか(メーカー/輸入者/販売店/自治体)
- 発火リスクのある不良在庫を、どう安全に処理するのか
廃棄コスト > 製品原価という逆転
ポータブル電源のような大容量リチウム電池製品は、
- 危険物扱いになる輸送コスト
- 解体・分別コスト
- セルの処理費用
- 事故防止のための安全対策
を含めると、廃棄コストが新品の工場出荷価格を上回る ケースが珍しくありません。
つまり、ポータブル電源は 「売った瞬間から将来の負債が同時に生まれている」 という構造になっています。
PL法と廃棄規制が揃うことで、ポータブル電源は
- 売れれば売れるほど
- 市場に貯まれば貯まるほど
将来のリスクとコストが乗っていく 「時限爆弾型の商品」 になってしまったと言えます。
5. 財務モデリング:在庫評価とリコール引当金の現実
法的リスクは、そのまま財務リスクに翻訳されます。
棚卸資産から「潜在債務」へ
大手商社や量販チェーンは、これまでポータブル電源を 単なる棚卸資産(在庫)として扱ってきました。 しかし、
- 3C 非対応ロットが混在しているリスク
- PL法に基づくリコール・無償交換の可能性
- 2026年以降の回収・リサイクル義務
- ブランド棄損による将来販売の困難化
を考慮すると、 「在庫=いつでも売れる資産」ではなく、 「将来の回収・処理コストが紐づいた潜在債務」 として見る必要が出てきます。
会計的には、
- 評価損(簿価の切り下げ)
- リコール・無償交換に備えた引当金
- 廃棄・回収義務に関連する負債認識
といった形で、貸借対照表(BS)と損益計算書(PL)の双方に影響が生じます。
リコール引当のシナリオ
仮に、ある年度に 10万台のポータブル電源を販売し、 過去の事故率や市場動向から「数%の回収が発生し得る」と判断した場合、 次のようなコストを販売時点で将来費用として見積もる必要があります。
- 回収費用(物流+検査+廃棄)
- 代替品提供(または返金)
- 事故対応・訴訟に伴う法務コスト
さらに、セルサプライヤーや ODM が実質的に責任を負えない/負わないことが明らかな場合、 そのコストはほぼ全額、日本側で負担せざるを得ません。
結果として、経営としては 「売上総利益 > 将来見込まれる回収・賠償コストか?」 という問いに向き合うことになり、 ここで「NO」と答えざるを得ない場面が急速に増えていきます。
6. 大手商社が撤退するのは「リスクを読み切った結果」であって、悲観論ではない
ここまで見てきたように、ポータブル電源事業に残るプレーヤーは、
- PL法による無過失責任
- 中国 3C によるサプライチェーン側の制約
- 2026年以降の廃棄・リサイクル義務
- セルが AI 市場へ移行することによる品質低下リスク
- 在庫評価損とリコール引当金のプレッシャー
といった複合した法務・財務リスクの中で戦うことになります。
ある大手商社が、
- 新規受注を停止し
- 現在庫の販売に限定し
- 在庫処理後に事業撤退する
という方針を打ち出したのは、決して「慎重すぎる判断」でも「過度な悲観論」でもありません。 むしろ、PL法・3C・廃棄規制・サプライチェーン崩壊の全体像を見たときに、 最も経済合理的な出口戦略 だと言えます。
7. 結論:市場の未来は「明るい拡大」ではなく、「どう終わらせるか」にかかっている
前編では「126280」と中国モバイルバッテリー大規模リコールを、 中編では「深圳 ODM モデルの終焉」を扱いました。 後編で見てきたのは、その「後始末」を誰が、どのようなルールのもとで負担するか、という話です。
- PL法は、輸入者・ブランド・販売者を「製造業者等」として前面に立たせます。
- 中国の 3C 制度は、国家としての信用を守るために、零細 ODM を市場から退出させつつあります。
- 日本の廃棄・リサイクル義務は、2026年以降、ポータブル電源を「売って終わり」の商品ではなく「最後まで責任を伴う製品」に変えます。
- セルメーカーは高収益な AI データセンター向け UPS/BESS に舵を切り、ポータブル電源市場には低グレードセルと在庫ロットが残りつつあります。
この全体像を踏まえると、ポータブル電源市場の未来は、 「どれだけ拡大するか」ではなく、 「どうやって安全かつ法的に破綻せずに終わらせるか」 という設問に変わっていると考えるべきです。
PL法・3C・廃棄規制・AIシフトという四重の圧力を前提に、 ポータブル電源メーカーや輸入事業者が真剣に検討すべきなのは、
- さらなる市場拡大ではなく、事業をいつ畳み、どこまで責任を引き受ける覚悟があるのか
- 回収・廃棄・リコールコストを含めてもなお、この事業に社会的・経済的な意味があるのか
- 「中国 モバイルバッテリー リコール」や「ポータブル電源 リコール」リスクを前提にしても続けるべき事業なのか
という「出口の設計」です。 その判断に必要な実務的な観点(自治体・企業調達・仕様書)は、 別稿 「自治体向けFAQ+購買チェックリスト+調達仕様書」 で整理していきます。
一般向けFAQ:今、ポータブル電源・モバイルバッテリーを持っている人へ
ここからは、一般ユーザー/個人の方向けに、 「中国 モバイルバッテリー リコール」や「ポータブル電源 リコール」 に関連してよくある質問を Q&A 形式で整理します。
Q1. 手元のモバイルバッテリーやポータブル電源は、今すぐ捨てた方がいいですか?
一律に「今すぐ廃棄すべき」ということはありませんが、 メーカーや型番がリコール対象かどうか を必ず確認してください。メーカー公式サイトや消費者庁のリコール情報などで、 型番・ロットが明示されていることが多く、該当する場合はメーカーの案内に従って 無償回収・交換を受けるのが原則です。
リコール対象でなくても、 異常な発熱・膨らみ・におい・変形 が見られる場合は使用を中止し、燃えやすい物から離れた場所に置いて、 自治体や家電量販店などの回収窓口に相談してください。
Q2. 「中国製だから危険」なのでしょうか?
原産国だけで安全性を判断することはできません。 ただし、本稿で説明したように、 深圳 ODM モデルと過剰生産・価格デフレの影響 により、中国発のモバイルバッテリー/ポータブル電源で 品質のばらつきが非常に大きい ことは事実です。
重要なのは「どこ製か」よりも、 ・信頼できるブランドか/・きちんとリコール情報を出しているか/・安全認証や技術情報を開示しているか です。価格が極端に安く、ブランド情報やサポート窓口が曖昧な製品は避けた方が無難です。
Q3. 製品ページに「PSE」「CE」「3C」などのマーク画像があれば安心ですか?
残念ながら、 マーク画像だけでは安心できません。 実際には、 ・ロゴだけ画像を貼っているだけ/・別製品の認証書を流用している/・認証後の量産品が基準どおりになっていない といったケースもあり得ます。
より信頼性を確認したい場合は、 ・公式サイトで認証番号や試験機関名が開示されているか/・第三者試験機関のレポート番号が記載されているか/・日本語の安全注意やリコール情報が継続的に更新されているか などを併せて確認することをおすすめします。
Q4. ポータブル電源を安全に使うために、最低限気をつけるポイントは?
- 高温環境(炎天下の車内・直射日光の当たる場所)に放置しない
- 通気性の悪い場所での長時間連続使用を避ける(熱がこもると危険)
- 純正・推奨以外の充電器やケーブルを使わない
- 本体が膨らむ/異臭がする/異常に熱いと感じたら直ちに使用をやめる
- 使用しない期間が長い場合は、半分程度の残量で涼しい場所に保管する
これらを守っていても、 設計上・製造上の欠陥まではユーザー側で完全には防ぎきれません。 だからこそ、信頼できる調達とリコール情報のチェックが重要になります。
Q5. いらなくなったポータブル電源は、どう捨てればいいですか?
一般ごみ・可燃ごみに出すことは絶対に避けてください。 火災の原因になります。自治体によってルールは異なりますが、
- 自治体の小型家電リサイクル窓口
- 家電量販店やホームセンターの回収ボックス
- メーカー・輸入元が用意している回収プログラム
などを利用するのが基本です。2026年4月以降は、 「電池を内蔵した機器」の回収・リサイクル義務 が強化される予定で、回収ルートはさらに整備されていきます。 自治体の最新情報を確認し、安全なルートで処分してください。
Q6. これからポータブル電源を買うのは、もうやめた方がいいのでしょうか?
「絶対に買うな」という話ではありませんが、 “なんとなく防災だから持っておこう”という軽い気持ちで大量に買う時代ではない とは言えます。
本当に必要かどうか、まず用途を具体的に整理した上で、 ・信頼できるブランドか/・国内サポートがあるか/・リコール時の対応方針が明記されているか を重視して選ぶことをおすすめします。安さだけで選ぶと、 将来のリコール・廃棄コストが結局は自分に跳ね返ってくる可能性があります。